新・新・平家物語を

吉川英治氏の新・平家物語全16巻をふたたび読み終えました。

仕事の合間や飯時にじっくり読み進めたせいもあるけれど、前回読みおえたあとに、色んな資料や他の小説に目を通したおかげで予備知識がふえ、より楽しめたように思います。とくに登場人物に関しては、いまだに把握できないくらいに多いので、予備知識無しでは無謀だったのかもしれません。

やっぱり新・平家はいいですね。かなり入り込んで何度もジワ~ンとしてしまいます。でも、前回もそうでしたが、読みすすめるにつれてやっぱり史実を確認したくなってしまうんですね。新・平家が史実を元にした「創作」であることは分かっているんですが、その史実じたい、新・平家の連載が始まった60年近く前とは随分違っているはずです。

清盛が貧しい家の生まれだと言う設定はやはり無理がありますが、これに関しては当時まだ斬新だったであろう清盛善人説を展開するにあたって、創作であることを印象づけるための過度な設定だったのかも知れませんが、それだけにいろいろと解明されてきた現代では飛び過ぎの感は否めません。

1回目の読了後に、理解を深めたくて中世の研究に詳しい五味文彦氏や元木泰雄氏の著書をはじめ20冊近く読みあさりましたが、自分の知らなかった時代の流れが、それはもう山ほどありました。例えば平治の乱のあと、義朝に対する恩賞や信西からの扱いは不平等でもなんでもなかったという話や、一の谷の合戦は後白河の和議を装っただまし討ち(これは新平家にもありますが)から逆落しの実態、壇ノ浦の勝敗に潮流は関係なかったことなど合戦の因果関係を覆しかねないものなど。また、景時、頼朝の実像の究明から、義経が追われる身になった実際の理由など、相当以前の常識とは変わってきているようです。

ただ、これらの歴史研究書はとても興味深く楽しめるんですが、素人の自分にはやっぱり作家の書いた物語の方が感情移入ができて理解しやすいのもたしか。やはり登場人物の人格や性格がしっかりしているためだと思いますが、それだけに吉川氏の描いた義経像では、もはや解明された史実通りに展開させるにはムリがあります。

繁栄を極めた平家が滅んだり、その平家を討ち取った義経が追われるなど、それだけで十分にドラマチックなわけですから、あまりに極端な設定創作は避け、今分かっている史実に沿った新・新・平家物語を誰か書いてくれないものだろうか。実際史実に忠実な方が、むしろ登場人物の人格設定にも破綻が少なくなるようにも思います。

「平家」を書いた池宮彰一郎氏は、その内容の類似性から盗作疑惑があったそうです。盗作を肯定するつもりはないんですが、これにはなんとなく理解できる面もあります。例えば吉川氏の新・平家を読み進めていて、とても共感しているけれど、特定の箇所だけつじつまが合わない、または自分なりに研究してきた流れと違う。ここさえ変えれば人物像もよりしっかりしていい作品になるのに…と思ってしまった場合、改善案を自分の中だけで展開するつもりが世に出ちゃった…なんてこともあるかも知れませんね。とくに歴史関係のものは史実からくるだけに同じテーマを扱ってまったく違うものを作るのも難しいでしょう。

また、歴史書はどうしても政治史に、小説は合戦に絡んだ勝利までの顛末か、殿上内での人間模様になりがちなのですが、例えば清盛であれば厳島神社、大輪田泊、福原京などの建築から平家納経などの芸術性の強いものまで多くのものを残しています。それらを通して得られる清盛の世界観や考え方などももっともっと知りたい。

「信長の夢『安土城』発掘」(辻泰明著)という本があります。その名の通り安土城の発掘作業から、安土城を通して、信長の狙いや考え方までを探ったものですが、これがじつに面白いものでした。こういった内容も存分に含めたものが欲しい。(逆にこれらが欠落しているために低俗に思えてしまうのが井沢氏の「逆説の~」シリーズでしょう)もちろん清盛だけでなく頼朝や後白河から頼盛、景時にいたるまで、もっともっと多角的に捉えた新・新・平家物語。もし完成すれば文庫本で全何巻になるか分からないけれど、できるといいなぁ。

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